「ル○バ買いたい」

現代パロディ
ペシャワール同期三人

 

ザラーヴァントが帰宅すると、同居人のイスファーンがリビングの机いっぱいにチラシを広げていた。向かいにはトゥースが座り、盛んに言葉を交わしている。

いわゆる、ルームシェアというやつだ。やたらと心配性でともすれば過保護ぎみとも言える兄を持つイスファーンと、少しでも節約したい奨学生のトゥース、そしてシェアの発起人、ザラーヴァントの三人で暮らしている。
建築科のザラーヴァントは、大学入学直後は一人暮らしをしていた。だが、中高と寮生活だったためか、迎える者のいない静かな狭い部屋にいや気がさし、同じ学科のトゥースにルームシェアを持ちかけた。そのトゥースと同じ店でアルバイトをしていたイスファーンが、兄に生活をいたく心配されていると休憩中にぼやき、それならば、とザラーヴァントを紹介しめでたくルームシェア仲間と相成ったのである。

さて、なにはともあれチラシだ。派手な色遣いとツヤツヤと照りのある紙。二人ともパチスロの類とは縁が無いので、おそらくは電器屋のものだろう。ザラーヴァントはマフラーを解いてテーブルに向かった。
「ただいまァ。何か買いたいもんでもあんのか?」
「おかえり」
ホットコーヒーを差し出しながらトゥースが苦笑した。余談だが、バイト先でのトゥースのあだ名は「気配りの鬼」だとイスファーンが話していた。
「イスファーンが、ルンバを買いたいと言い出して。だが各自が普段から掃除していれば不要だし、そもそも物が多いから本領発揮できないだろうって言ってるのに、」
「おれは決めている。ルンバを飼う」
「ずっとこの調子なんだ」
ふだん寡黙であまり表情の動かない男にしてはめずらしく、さも愉快だと言いたげな顔をしている。イスファーンよりいくつか歳上の彼は、もしかしたら弟を見るような気持ちでいるのかもしれない。聞けば、すでに数時間はこうしているらしい。もともとイスファーンには少し頑固なところがあるものの、ここまで言い張って折れないことはなかなか珍しい。言ってしまえば、我が儘の言い慣れなさ、とも言うべき様子があって、それが微笑ましいような焦ったいような、胸の奥底をくすぐられるような心地にさせられるのだ。

荷物をおろし、チラシを重ねてテーブルの端に寄せるザラーヴァント。この家の決まりの一つ、「三時にはおやつを食べる」を守るためだ。ちなみに、決まりを作ろうと言い出したのもザラーヴァントである。
「ちょっと待て、『かう』? いま『飼う』って聞こえたんだが」
「合っている。ルンバを飼う」
イスファーンはそう言いながら冷蔵庫を開けて白い箱を取り出した。背中越しだが、声から断固とした決意を感じる。トゥースがまたもや堪え切れずといった調子で笑いを漏らしながら、棚からツルツルした重そうなオリーブグリーンの皿とフォークを人数分取り出す。
箱から出てきたのはアップルパイだった。珍しく重めのおやつだ、とザラーヴァントが目を輝かせると、
「あっためてアイスも付けてやろうか」
口元に手をやり、くっと笑いながらイスファーンが言う。それに突っ込んだのはトゥースだ。
「珍しくサービス精神が旺盛だ」
「あっ、お前これルンバ賄賂だろ!」
わざと大仰に言ってみせると目に見えて狼狽する。
「いや違、そんなつもりではっ」
無意味に動かしていた手からフォークが離れ、カシャーンと音を立てて机に着地した。それにさらに慌てるので、不言実行の男が無言でコーヒーカップを避難させる。ああ、すまない、と小さく謝る彼に無言で頷きを返すトゥース、涙が出るほど大笑いのザラーヴァント。
大きく息を吐いて落ち着きを取り戻したイスファーンが席に着く。やはり賄賂のつもりは多少あったのか、看破されてしまったがゆえに熱いフィリングとサクサクのパイ生地に寄り添うバニラアイスはご用意されなかった。

オリーブグリーンの皿が空になる頃、イスファーンが口を開いた。
「ルンバさぁ」
まだ言うか。二人の心境は一致していた。

「なにより……かわいいだろ、ルンバ」

本気か?という目を向けるトゥース、半笑いのザラーヴァントに向かってイスファーンは力説した。

「一番の理由はそこなんだ。住環境が良くなるだけでなく、心が癒やされる。足元をちょろちょろ動き回る様子は小動物に似たかわいさだし、健気にもゴミを集めて、自分で家に戻る賢さもある! どう考えたってかわいいじゃないか。それに、段差を越えられなくて困っているところを助けてあげたり、家の中で迷子になっているのを見守ったりしたくないのか⁉ 頼む、ちゃんと面倒は俺がみるから……!」

妙な熱意に気圧されて目を見合わせる二人。
――そういえば、実家ではペットを飼っているという話を聞いたかもしれない。信頼できるルームシェア相手が見つかり、兄の干渉や小言が減って嬉しい反面、寂しく感じているのかもしれない。
口の端に付いていたパイ生地を舐め取り、しっかりとイスファーンの目を見つめて、ザラーヴァントが口を開く。
「……ふん。そこまで言うなら、ルンバ、飼ってもいいぜ」
「ザラーヴァント……!」
続くトゥースは目を伏せている。
「まあ、三人が出しあえばそう高い買い物でもないか」
「トゥース……!」
歓喜のあまり目を潤ませるイスファーン。ありがとう、二人ならわかってくれると思っていた、と笑顔で感謝しきりの彼は気付いていない。

トゥースが笑いを堪えるため、太腿を必死に抓っていることを。
ザラーヴァントの携帯の、レコーダー機能が起動していることを。

お題ガチャ「トリオでルームシェア」より

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