王宮怪談あるいは犬馬の労 - 3/3

「報告書を読んだよ」
ギーヴとイスファーンが執務室を訪うと、アルスラーンは山と積まれた羊皮紙の束を押しのけてそう言った。
無事原因が究明できたようで喜ばしい。そう若き国王は顔を綻ばせる。しかし、それも束の間だった。
「それでね?」
また新しい怪談話を聞いてしまったのだけど……と遠慮がちに続く。
「使われていないはずの部屋から、男の呻き泣くような声が聞こえるんだそうだよ」
アルスラーンがなんとも言えぬ、ぬるい笑みを浮かべた。
「…………さようで、……ございますか……」
イスファーンは居た堪れなさすぎて、冷や汗を垂らしながら床石の継ぎ目を探すことしかできなかった。幸か不幸か、隣のギーヴが噴き出していることにも気づいていない。
それと、とふたたび主君から声がかかる。まだ何かあるのだろうか、と恐る恐る顔を上げるとアルスラーンが困ったような顔をしている。
「報告書に訂正して欲しい部分があるんだ」
「申し訳ありません。すぐに確認して訂正いたします」
一緒に回った二人にも内容を見てもらった上で提出したはずだが、一体どこに誤りがあったのだろうか。ギーヴはともかく、ジャスワントがそういう見落としをするとは考えにくい。内心で首を傾げつつイスファーンは頷く。
うん、これなんだけどね、と羊皮紙の山から一枚を取り出して二人に示す。
「キシュワードは先月からペシャワールに行ってもらっているからね、あの晩、ここで出くわすはずがないんだ。誰かと見間違えたんじゃないかな。というわけで、そこだけ訂正をよろしく頼む」
三人が三人とも見間違えるというのも妙な話だね、と眉を下げてアルスラーンが微笑んだ。「そっくりさんでもいるのかな」
長閑な微笑に、二人はぎこちない笑顔しか返すことができなかった。

 

 

【犬馬の労】
主君や上司など、目上の人のために力を尽くすことを、へりくだっていうことば。

 

メルレインは遠目に、四人の姿を見た気がしていた。

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