ダンス・マカブル - 2/2

ルシタニア軍が拠点とする砦に、虜囚のパルス人がいると聞き駆けつけたアルスラーン軍が見たのは、異様に静まり返り血臭にまみれた砦だった。
そもそも、物見が機能していない時点で異様と言えた。正常に機能していれば守りを固めた砦と交戦し、軍の到着はさらに遅れたはずである。
「息のある者を探せ! 何があったか聞きださねばならん!」
砦内も酸鼻をきわめた。そこかしこに転がる躯に顔を顰めたクバードが、鐘を撞いたような声で麾下に指示する。
「誰かいないのか!」
その声とほぼ同時、血腥い空気を甲高い叫喚が切り裂いて奔った。

「動くなッ!」
武器を構え雪崩れ込む。
扉を壊す勢いで突入した悲鳴の出所は、血の海にしずんでいた。壁際に一人、窓の下に一人、寝台の側に一人、一見して事切れているとわかる程度の損壊がある。鉄錆びた臭いが顔に吹き付け、幾人かが手で顔を覆った。
統率者格の人物が使用している部屋らしく、これまで通ってきた中でも広く、調度は整えられている。
そんな部屋の真ん中、こちらを向いて尻もちをついていた男の首が、今まさにごとんと音を立てて落ちた。唯一部屋で生きている存在は有無を言わさず、耳障りな雑音を消すためと言わんばかりの無感情さで、剣を振り抜いた。恐怖と苦悶に歪んだ顔が転がってこちらを睨む。
「ひっ」
背後で誰かが息を飲んだ。この砦の惨状を創りあげたのが誰か、思い至ったのだろう。
「こちらは多勢だ。武器を置いてこちらを向いてもらおうか」
クバードが襤褸を着た男に呼びかけると、男は緩慢な動作で振り返った。
「おぬし——
クバードが瞠目する。
窶れてはいたがその顔に見覚えがあった。いるはずのない場所に見覚えのある人物がいる。おのれの知る人物であればこんなことはしなかった。こんな場所でそんな服を着てなぜこんなことを。混乱にクバードの体は硬直する。
男は何事かを呟き、それから大きく嘔吐いてびしゃびしゃと胃液を吐き出す。剣を支えに立ち上がった男は、口元を拭おうとしたのか、返り血塗れの襤褸の首元をつかもうとし、そのまま背後の寝台に倒れ込んだ。それきり動かない。
慌ててクバードが駆け寄る。
「おい、何があった、イスファーン!」

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