たわむれ/他短編3つ

 

たわむれ

運が悪かった。そう思うしかない。

たまたま入った飯屋は客の入りが悪かったらしい。踏み入れた足を戻すには店員と目が合いすぎていた。
とはいえ誰一人いないわけでもなく、単に最適な時間を外しただけだろうとイスファーンは自らを納得させて卓についた。
座ってみてはじめてわかったのだが、すぐ左脇にある衝立で見えないはずの隣席が、覗けてしまう仕様になっている。経年による劣化なのか、それともいたずらな悪がきにやられたのか、とにかく色の褪せた絹布のちょうど目線のあたりに穴がいくつも開いている。描かれた精緻な図柄が、それを遠目には見えなくしていたのだろう。
なんとはなしに穴の向こうに目をやると、目に入ったのは腕だった。体格からして男だろうな、そう考えていると店員が注文を取りに来た。盗み見たというばつの悪さがいくぶんかあり、無理やり視線を引き剥がしていくつかの料理を頼む。
そう待たされることもなく出された料理に問題点は見当たらず、やはり時間帯が問題だったのだろうなと思っているうちに、件の穴については忘れていた。
しかしイスファーンは気づくべきであった。
こちらから覗けるということは、向こうからもまた覗かれる可能性がある、ということに。

 

「っく」
すこしかき込んだからか。横隔膜の痙攣はなかなか止まらない。瑣末な生理現象ではあれど子どものようにしゃっくりをしたまま人前を出歩くというのはなかなか気恥ずかしく感じられ、食べ終えたあともしばらく席についたままだった。
「、っく」
こうなるのはずいぶん久しぶりのことで、昔はどうやって止めていたのかなかなか思い出せない。水を飲んでみたり、息を止めてみたりするのだが、どれも効果はなかった。
「……どうす、っう、るかな」
『良い方法がある』
がた、と音がして、ひとりごとのつもりで呟いた言葉にいらえがあった。それも、ずいぶん馴染みのある。
衝立をひょいとかわして姿を現したのは先ほど覗き見た隣席の男だった。ゆるくうねった赤紫色の髪に翠の瞳。男は大振りの耳飾りを揺らして向かいの席に座った。
「っく、おい勝手をするなギーヴ」
「まあまあ。止めたいんだろう、しゃっくり」
ギーヴは口端を吊り上げた。面白がっていると丸わかりの表情にイスファーンの眉根が寄るのは仕方のないことだろう。
「だいたい、なんで知ってるんだ」
しゃっくりを止めたいと思っていることもそうだが、そもそも隣がイスファーンであるとわかっていた風であるのも。顰めたままの顔で睨みつけると、ギーヴは察しが悪い、と言いたげな顔ですいと衝立を指さした。
「衝立……あっ!」
「そういうわけさ。とにかく、止めたいんだろう、それ」
「まあ、そうだな、っく」
「この手を握れば教えてやろう」
「は?」
「この手を握ったら教えてやる」
どうかしてしまったのだろうか。
手を握れ? 握られるなら絶対に女性、男から握られなんぞしたら寒気がする、程度のことはいいそうな、この男が?
ほら、と手をひらめかせるギーヴの口はまだ愉快そうに三日月を模っている。
あぁ、とイスファーンの頭にひとつの閃きが落ちてきた。これはきっと、いや確実に揶揄っている。そうに違いない。それならば。
がっと泳いでいた手を捕まえた。
どうせ握らないだろうとたかを括っていただろう。ギーヴの狙い通りに事が運ぶのは癪で、それならばむしろ言う通りにしてやってどんな反応をするのか見てやりたかった。イスファーンは顔を上げた。
「うん?」
予想に反して、ギーヴの顔からいつもの笑みは消えていなかった。しかもなぜか握る力を強めてくる。普段から多様な武器を握るだけあって優男風の見た目とは裏腹に、しっかりと握力はあるようだった。
「いだだだだ! おいっ離せ!」
痛みに力の抜けた瞬間、腕がぐいっと引き寄せられた。勢い余って、空いている手を卓につき腰を浮かせた微妙な体勢で止まる。何の真似だとギーヴを睨むと彼は下から覗き込むようにこちらを見ていた。
「なんなんだ本当に」
不敵な笑みを浮かべたままギーヴの顔が近づいてくる。逃げられないようにか、がっちりと手は掴まれたままだ。体を起こそうとするがいつの間にか肘を取られていた。
「あ、おい!」
ついに吐息を感じられる距離にまでなってしまった。どうしたらいいのか皆目検討もつかず、結果イスファーンはぎゅ、とかたく両目を閉じていた。至近距離でふ、と笑う気配を感じる。
「……」
「……?」
「……」
特になにも起きない。イスファーンがそろそろと薄く目を開けはじめたその時。
すっと首を伸ばしたギーヴが、ちろ、とそのあかい舌で鼻先を舐めとっていった。
「??????」
「あっははははは」
「は、え、なに、いま、おまえ」
「驚くとしゃっくりって止まるらしいぜ」
止まったろ? そう言ってパッと手を離すとにんまりしてみせる。正直にいえば驚くどころの話ではないのだが、とりあえず、手を握ったからしゃっくりを止める方法を実演つきで教えてくれた、ということでいいのだろうか。わけがわからず、とにかく鼻を守るように手で覆った。顔が熱い。
困惑しきりのイスファーンをおいて、困惑の原因である男はさっさと店を出て行く。
正直ついでにもうひとつ言うと、「手を握れ」と言われてそうとう驚いたらしく、その時点で既にしゃっくりは止まっていた。つまりは、鼻の舐められ損だった。

 

 

 

隣 人

帰還途中の雨だった。木陰に入って降りやむのをしばし待ったがその気配は微塵もない。むしろ雨脚は勢いを増している。
白くけぶる視界では強行突破も危ういだろう。これから日も暮れるし、特に急ぎというわけでもなし。イスファーンは宿を取ることにした。

跳ね返る泥が不快なのか、しきりに鼻を鳴らす愛馬を宥めながらどうにか一軒、空きのある宿を見つけた。突然の大雨は宿屋を稼がせているようで、屋内に一歩足を踏み入れれば体温に温められた湿気が肌に纏わりつく。
部屋はごく普通の一室だった。寝台があり、小さめの卓と椅子がある。敷物は薄手で擦り切れてはいるが問題ない。内装には、問題ない。
「…………」
宿など、風雨を凌げればそれでいいと考えていた。だがしかし。
「かっ! ……壁が薄すぎるだろう……」
声が口を飛び出してからその事実を思い返して声を抑えた。問題はそこにあった。壁が非常に薄い。この地方では着物だけでなく壁も衣替えするのか、と言ってやりたくなる。
なぜおれが配慮してやらねばならないのか。向こうは好き勝手に喘いでいるというのに。ふかく溜め息を吐いた。
かくして、荷物を降ろして最初に行なったのは模様替えだった。声から遠い方の壁際に寝台を移動させたのだ。
寝台に尻を落ち着けると片膝を持ち上げて、踵を寝台の端に引っ掛けた。背中と頭は壁に預ける。人目があればこのような無作法な真似をしないが、肉体的な疲れと精神的な疲弊とが、おのれに行儀を投げ出させた。
つとめて雨音に耳を傾ける。なんなら雷も鳴ってほしい。あまり煩いと眠れはしないが、他人の艶声を聞いて独り寝するよりはマシだ。
しばらくすると、背後にも人の気配がした。人数は……ひとり。思わずほっと肩をおろしたが、その心配をしてしまった後で、下世話な探りをと頬が熱くなる。
隣人は荷物が少ないのか、あまり物音を立てない。向かいの部屋とは対照的だなと独り言ちる。
興味は既に、雨音から隣人へと移っていた。
壁に預けていた頭を持ち上げ、本格的に耳をそばだてる。室内を移動している気配はするのに、異様なほど足音がしないのだ。こんなに壁は薄いのに。目を閉じて気配を追う。扉の方へ歩いていって、また戻る。すぐそばで、ぎっと木枠の軋む音がした。どうやらこの壁を挟んで寝台が並んでいるようだ。次の動作は。
澄ました耳にやわらかな竪琴の音が流れこむ。
背中を預け直した。これは盗み聞きではない。壁が薄いから聞こえてしまうのだ。
調子が良いと言われるだろうが、この些か資材の足りていなそうな宿に感謝した。

いつの間に眠りこんでいたのか、気づけば朝陽が差し込んでいた。雨上がりの清んだ空気に気分は上がる。
疲れも取れたし、もしもあの奏者がまだいたなら、挨拶でもしようか。
そう思いながら宿を出た。

「ただ聞きとは良い趣味をお持ちのようで。イスファーン卿? いや、盗み聞き、かな」

道脇の柵にもたれていたのは見覚えのある……ありすぎる人物。
さわやかな気分に泥をかけられたような気がした。おろしたての服で泥濘みを踏み抜いてしまったような。
「おぬしかよ…………」
思わず漏れた声に、にんまり、という音が相応しい笑みが返される。
「良い朝、だったな」
気分はどうあれ、昨夜は隣人に感謝していたのもまた事実であったので、イスファーンは挨拶もどきを投げたのだった。

 

診断メーカー「140文字で書くお題ったー」【隣の人】

 

 

 

全部頂戴

!謎設定現パロ!!突然始まり突然終わる!

 

 

「いいところでいいって言えよ」
下にいる男が懐から財布を取り出す。
「それって、何に対する対価なんだ?」
質すも足の間の男は莞爾とするだけ。見慣れた、内心を悟らせない完璧な笑顔だ。ノーコメント、ね。それならとこちらからも商売用の笑顔を投げつけた。そんなことでも男は愉快そうにするから、手応えがない。つまらなくなって、引き締まっているだろう男の脇腹をつねる。はは、と男が声を上げて笑う。
ポケットか、あるいはベルトに向かうと思っていた指が、紙幣を手挟んだまま喉に触れて、思わずあおのいた。
「……は、ァ」
漏れた息にわずかに声が混じっていて、慌てて唇をひき結ぶ。はっとして顔を戻せば、覗き込むようにしてこちらを見上げる得意げな顔がそこにあった。
この男に、急所をさらけ出している。そう思うと尾骨のあたりから項まで、ぞくりと震えが走った。生命の危機と性的興奮はとても近いところにある。そんな話を、つい思い出していた。
男は喉仏に爪を引っ掛け、鎖骨を撫で、わざとらしいほどゆっくりと手を動かす。時間をかけて肌に沿わせた指と紙が、腰にたどり着いた。終着だろうと思ったが、男は猫を可愛がるように腰骨を親指でくるりと撫でて、掌が背中を這い回った。
かさついた紙が背中の溝を撫で下ろし、布と肌の合間に落ち着いた。これでようやく一枚、支払いがなされたわけだ。先は長そうだが、こちらから催促はしたくない、絶対に。ねだっていると思われたくはないので。だいたい、欲しがっているのはそっちなのだから。

「まだよくない?」
前戯めいた「支払い」を始めてから、どれくらい経っただろうか。すでに至る所から羽根のように顔を覗かせている紙幣。催促はしないと決めて男の自由にさせていたら、支払いは根比べの様相を呈してきた。
認めたくはないが、そこかしこに触れられた体は火照っている。そして、いい加減焦れてもいた。わかっているだろう、と。
「自分を安売りするつもりはない。それともそんなに安い男だと思われてたのか、おれは」
挑むように目を合わせて、嫣然と笑ってみせた。とっておきをくれてやる。だから、
「全部だ、全部。なにもかも、全部を寄越せ」
目を円くさせた男の顔が見えて、すこしだけ溜飲が下がった。

 

診断メーカー「3つの台詞ったー

ギヴイスへ示す3つの台詞
「全部頂戴」
「もう忘れた」
「最悪だ」

「最悪だ」を使ってませんね!すいません! このあとなんやかんやあり、翌朝同じベッドの上で目が覚め二人して「最悪だ」って言いますたぶん。しらんけど

 

 

 

ねえ、

!謎設定現パロ!!突然始まり突然終わる!!R15くらい!

 

 

「なぁ」
「うるさい、話しかけるな」
つっけんどんに返された言葉とは裏腹に、イスファーンの顔に浮かぶ表情は鋭くない。ひそめられた眉は僅かに下がっているし、睨む目はどうしたわけかいつもより潤んでいる。極めつけに、耳の縁は触れたら熱かろうと思うほど真っ赤で――
「見るな」
「あ、いたた」
少しの遠慮もなしに顔を掴んで背けさせられる。
まったく。この顔が歪んでしまったら世の女性が嘆くとは考えないのか。そう文句を言おうとしたが、イスファーンは既にスタスタと歩き出していた。
その手には「0.01」の文字が強調された箱が。
サビしか知らない、さいきん流行りの曲を聞き流しながら会計が終わるのを待つ。レジまでついていくのも面白そうだったが、今ここで機嫌を損ねるのは得策ではない。それはまたの機会に、ということで。来店した疲れ顔の女性に微笑みを投げかけながら、次はどんな手を使うか思案を巡らすのであった。

それが一刻ほど前の話。あの時の妙に甘い雰囲気など吹っ飛んで、只今絶賛混乱中。それというのも、つい今しがた、目の前の男が大爆弾を投下してくれたせいである。
「……は?」
思わず動きが止まった。
なあおい、
「今、なんて言った?」
「…………………………」
「『ナマみたいで、気持ちいい』そう言ったな?」
イスファーンは依然顔を逸らし続けている。あの時の表情は一体何だったんだ。詐欺か?
「おれたちさぁ、ゴムなしでヤったことあったっけ」

 

お題ガチャ「雑多なえちすけべカプガチャ

15.  0.01のゴムでする二人。イスが「生みたいで気持ちいい」って言ったけど、あれ、生でした事あったっけ?ねえ、あったっけ?

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