消燈の日

イスファーンはその報せを聞くなり立ち上がって「ばかな!」と叫んだ。
あの万騎長シャプールが、ルシタニアの蛮族なんぞに捕らわれた挙句に殺されるなど、あるはずがないと思ったのである。名のある武将との一戦の果てに討ち取られたというならともかく、縛られ身動きの取れない状態で一方的に殺されるなど。そんなこと、あってはならなかった。
名誉の戦死というのならこれほどまでにイスファーンが激昂することもなかったであろう。彼にとって異母兄シャプールは、生命の恩人であり、師父でもある、敬愛すべき人物であった。
座れば得心がいったと示しているようで、イスファーンは未だ立ち続けている。立ち続ければその事実が覆ると思っているのかもしれない、そう思わせるほどに全身を強ばらせている。
イスファーンは知らせを携えて王都からやってきた男を睨みつけると、
「その報せ、真実まことであるとの証はあるのか。謀りであれば容赦はせぬぞ」
と声を低めて言った。これは、激情を宥めようとしたためであったのだが、それに失敗し滲み出る烈気が結果として脅しつける調子になっている。
「私とてそうであればとどれほど希ったことでしょう。ですが、間違いございません、ここに王妃さまの御印が御座います」
この時国王アンドラゴラス三世は王権をふるえる状態になかった。そのため、臨時的に王妃タハミーネが代わって文に封蝋をしていたのである。
「……では、真実なのか……」
家を預かる若人は呻くように言ったきり黙り込んでしまった。きつく握り込んだ拳から、血が滴る。
場に重い沈黙が降りた。イスファーンはいつの間にか腰を下ろしていた。使者はイスファーンの心中を察してか、安易な慰めの言葉を掛けることを選択せず、ただひたすらに重苦しい帳の中で待っていた。

 

暖炉の火が落ちようかというころ、再び口を開いたのはイスファーンであった。
「確かに書状は受け取った。伝えてくれたことに礼を言う。それに、王都からここまで飛ばして来たことだろう。部屋を用意させるから存分に身体を癒やしていくといい」
使者を下がらせるとイスファーンは膝を抱えて小さく丸くなった。
子どもじみた真似はよせと言われるだろうが、今この時だけは許して欲しい、血が全て抜け出てしまったかのように寒いのだ。こんなに震えたのは一体いつぶりだろうか。震える手で襟元を掻き合わせても、体が温まる気配は微塵もない。
「あたためることは大切にすることだ」と兄から教わった。だからお前を寒いところに置いておきたくなかった、そう言ってくれたからイスファーンは自分を温めることができたのだ。
兄を自分のこころの真ん中に置いて大事に温めていた、それが結果的に自分を温めることになった。だけどもう、おれを温めてくれるひとは地の涯まで探してもいなくなってしまった。この寒さにどうやって耐えればいいのかわからない。知らないことを尋ねればなんでも答えてくれたあのひとはいない。こうしていてはいけないのはわかる、でも、どうしようもなく寒いのだ……。

暖炉の火がとうとう落ちた。まだ秋の入り口だというのに、イスファーンにとっては真冬のように寒い夜だった。


診断メーカー「140文字で書くお題ったー」より 【それは寒い夜だった】

 

↑イメソンじゃないけどイメソンなんです(は?)

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