パルティアンショット

薄曇りのせいで視界がいつもより悪い。加えて木枯らしが始終乾いた大地を撫で上げるため、薄膜を通したようにすべてが不鮮明だ。否応なく口に飛び込んでくる砂に辟易した麾下の兵達は、みな顔を布で覆っていた。国軍というよりは遊軍、さらにいえば賊じみた格好だ、とギーヴは自嘲する。
国境周辺での小競り合いだ。
この機会に前々から準備していたパルス軍の新たな部隊を試してみようというのがナルサスの提案だった。彼が提示したのは挟撃と分断である。敵本隊に対して陽動を仕掛けるのはダリューン、クバードといった歴戦の猛将で、彼らは山に挟まれた平野にて敵と向き合っている。そしてこの上ない餌に食いついた本隊を背後から奇襲するのがギーヴ、ジムサの二師が率いる隊であり、今回試される新部隊でもあった。

ギーヴは麾下に指示し、束ねた草木を馬の尾に結んだ縄で地面へ垂れさせ、旗手以外にも旗を持たせた。部隊は全員、重い鎧は着けない軽騎で山裾に潜んでいる。歩兵はいない。数は五百ずつ、計千騎の部隊である。
開戦からすでに数刻、攻めあぐねた敵の士気は高くない。
そろそろか、とジムサが呟いて馬を進めた。
背後で出撃の準備が整ったと見るや、無言のまま腰の剣を抜き放ち頭上に掲げた。鈍く陽光を弾く直刀が空を切り裂いて真っ直ぐ振り下ろされる。
山陰から飛び出した両部隊だが、向かう先は敵陣ではない。
まずは土煙を厚く立ててその向こうが見えないようにした。それから垂れ下げた枝を外し、今度こそジムサの剣は敵陣を指し示す。
馬の首に沿うように身を屈め、陽動にかかりきりになっている敵軍の後方に鋭く尖らせた陣形で斬り込む。馬蹄の響きと振動に振り向いた敵兵が、困惑し判断できないでいるうちに素早く数人の命を奪う。
ギーヴの最も得意とする武器は弓だが今はまだ使わない。とっておきは最後まで取っておくから「とっておき」なのだ。
背後からの敵襲と気づいた兵の間に不安と動揺が波紋のように広がっている。しかもこちらは旗を多く持たせているため、見た目以上の数に見えているはずだ。混乱は隙を生じさせる。
だいたい敵兵五百は削ったろうと判断し、部隊は反転、砂塵の向こうに身を隠した。先程仕掛けたのは後方右翼側、今度はまだ情報が届いていないであろう左翼を狙って突進する。
土煙を纏って突然現れた騎兵に混乱する敵兵を、ここでも五百ばかり屠ってまた砂塵に紛れる。そうした一撃離脱を幾度も繰り返すと、敵の陣形は目に見えて崩れだした。
突撃前に立てた土煙も落ち着きをはじめている。それを頃合いと見たギーヴは兵達に不要な旗を捨てさせ、錐のようだった陣を平たく散開させた。そうしてまた突撃を命じる。
今度こそその全容をあらわした奇襲部隊は、敵からすればあっけなく見えたことだろう。事実、方陣というにはあまりに厚さが足りない。
小煩い羽虫のように邪魔な方から潰してやろうと、敵後方部隊が身を翻す。
──釣れた。
布の下でギーヴはにやりとする。
ジムサが号令のため、布に指を掛け引き下げた。
「退却!」
部隊はまだ敵軍を軽く引っ掻いた程度であるが、ジムサはそう命じた。
指示に従って部隊が馬首をめぐらし転身をはじめると、敵は寡兵と調子づいた敵兵が勢いを増して追い縋ってくる。
「ふん、のこのこと」
ジムサが口の端をわずかにあげた。
「おぬしらが追っているのは、パルスの騎馬隊であることを忘れてもらっちゃ困るな」
「しかもトゥラーン人が指揮しているときた」
軽口を交わした二人は騎馬隊がまだ薄く残っていた砂塵を抜けたところで声を張り上げた。

「「構え!」」

これまで意図して使ってこなかった弓を、ようやく鞍上から取り上げる。速度を落とさず矢を番え、鐙を踏んで伸び上がる。
ナルサスが今回試したかったというのがこれだ。弓術だけでなく馬術にも優れた騎兵だけが行える騎射。
膝下で馬の体をとらえ、振動は膝と腰で吸収する。前方に向かって馬を走らせたまま腰から上だけを捻って後方を向く。
トゥラーンの用兵を知るジムサを迎えた時から考えていたという、騎射の精鋭部隊。射撃は正面、あるいは横からという常識を逆手にとった一撃。
下半身でもって完全に揺れを消し、弓を引き絞ればあとは指を離すだけだ。
狙い通りの戦運びになった高揚を抑え、目標を見据える。
砂塵を突破し、弓兵の前に間抜けなほど全身を晒した敵兵に凶暴な笑みを投げかけながらギーヴは怒鳴る。
「放て——ッ!」
すっかり獲物を狩る気分でいた敵陣に矢が降り注ぐ。反撃されるなど考えもしていなかった狩人たちに避ける手立てなど無い。まともに矢をくらって半数は脱落しただろうか。
続けざまの第二射。
転倒した人馬に脚をとられ、まともな陣形を保てなくなった敵軍など、狙うまでもない。目を瞑っていても当たる。
形勢逆転。おぬしらの相手は兎などではなく、蜂だったというわけだ。これに懲りたら寡兵といえどパルスの騎兵を侮るような阿呆をするなよ。
内心で呟いたギーヴは兵を旋回させ、今度こそ真正面から敵に向きあった。

 

 

 


新部隊 華々しくお披露目! といきたいとこだが、新しい作戦が知れ渡って真似されては意味が無いので、このあと殲滅戦になるんだろうなぁ

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