時間外労働

「見られている」
「このおれがいるからな」
「違う、悪目立ちしている、と言っているんだ」
薄暗い店内でイスファーンはぼそりとつぶやく。

夕餉がまだなら、と誘ってきたのはギーヴの方だった。彼は対外的に『仲直り』を演出するため、なにくれとなくイスファーンを外に誘うことがしばしばあった。それゆえ今回もそれなのだろうとイスファーンは判断した。特に予定がないのに断るのもな、と頷いたところ、先導者の足はどんどんと場末に向かっていく。
「道は合っているのか?」
「間違いなくこの道だ」
そんなやりとりを数回繰り返し、その度目に映る治安は悪くなっている。
ただの会食ではないことはなんとなく勘づいている。だが、どこへ連れて行かれ、何が起きるのか。事前に何も知らされないのは信用がないからか。それはすこし、堪えるなぁ、と薄曇りの夜空を見上げる。
そうして月影の届かない細道を歩き、野犬に吠えられながらたどり着いた店は、道のりにふさわしい──言ってしまえば小汚い──内装で、さらにいえば客層もそれなりだった。
擦り切れて硬く締まった敷き布に尻を落ち着け、大人しく注文の品を待つ二人に、蜘蛛の糸が纏わりつくような視線が送られる。睨み返すほどのものではないので、なんとなく卓上の木目を視線でなぞり、いつのものかわからぬ油染みに顔を顰め、そのまま対岸の男に視線が落ち着く。
「それはお前のせいだな」
「何故に」
悪目立ちしている理由を自身のせいにされ、イスファーンは眉根を寄せた。
いかにも真人間でございというその出立ちがそもそも合わない、とギーヴは言う。
「もっと行儀を悪くしろ。話し方ももっと粗野に、服をきっちり着るな!」
腰を浮かせた男の手が伸びてきて、イスファーンのきちんと留められた襟元を崩す。
「勝手をするな」
その手を払い除けると、男はあっさりと手を下ろした。そのまま卓に右肘を突いて、掌に細い顎を乗せる。左の膝を立ててそこに左肘をひっかける。すると一瞬にしてやくざ崩れ風の猫背な男がそこに現れた。
「こうやるのさ」
得意げに笑うそのさまは、なるほど板についている。
「さすが詐欺師どのは馴染むな」
「向こうさんお望みの対価を払ってると言ってるだろ」
「その向こうさんは翌日には騙されたと言い出すが?」
「夢から醒めてしまったのさ。それより、見られるのが嫌ならどうにか繕えよ」
「こういうことが、一朝一夕にできるたちだとでも?」
「開き直るなよ」
ギーヴが軽く噴き出したのとほぼ同時に、頼んだ料理が届けられた。
薄く湯気を立ち上らせるスープの中には申し訳程度の根菜。鶏肉は骨つきで、おそらく塩で味付けされているのだろう。豆とひき肉を葡萄の葉で包んだ煮込みはそこそこいけそうだった。
ひとまず鶏肉に齧りつく。よかった、味がある。歯を立てると中の肉汁が出口を求めて殺到する。口の周りを汚さず、かつ手指も汚さないのは至難の技だった。
「それだよ」
既にネズミも齧る隙のないほど綺麗にされた骨で、ギーヴはイスファーンを指す。
なにを指摘されたのかわからないイスファーンは食べる手を止めてギーヴを見つめた。
「その行儀。本当に狼に育てられたのかね」
ギーヴの発言のどこに引っかかったのか、細い糸のようだった視線が一気に張り詰める。
思えば、ここにきてから一度も互いの名前を出していなかった。今の発言で、イスファーンの身元に思い当たったのかもしれない。後ろ暗いところのある者が、ここには少なからずいるのだろう。
身分を明かすべきなのか否か、逡巡するイスファーンを置いて、ギーヴは呑気にスープを啜っている。片手で椀を持ち上げて煽るように嚥下する様子はお世辞にも行儀が良いとは言えないが、それはこの場に合わせた演技ということになるのだろう。この男が貴族顔負けの礼儀作法を身につけていることを知っている。イスファーンとて付け焼き刃ではないが、ギーヴが貴族然とした振る舞いをするとき、それはまるで幼少期からそう叩き込まれた人間のような鮮やかさと自然さでもって人々の目を惹いた。
最前の言葉ではないが、迷いない仕種は一朝一夕に身につくものではない。男がいつから、どのような生活をしてきたのか、その来歴に興味が無いといえば嘘になる。
まあ、いいか。
止めていた手を動かして肉を口へ運ぶ。
この場のことも、この男のことも。何を考えても、なるようにしかならない。何も言わないのはそういうことだ。
当たり障りのない会話と共に食事を続けていると、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。外から、そう遠くない場所だろう。
だが、思わず立ち上がったのはイスファーンだけ。
「来たな」
あらかじめ知っていたかのように平然と立ち上がったのはギーヴで、彼はそのまま外へと向かった。残りの店内にいる人間は、悲鳴など聞こえていないかのように自身の行動を続けている。
ただならぬ声音を捨ておくことはイスファーンの選択肢にもなく、急いでギーヴを追おうとしたところへ、
「代金置いてけ!」
そう声がかかった。
既にギーヴの背中は先にある。イスファーンは隠しもせず舌打ちをして、懐から乱暴に財布を取り出し店員に投げつけた。
「そこから取れ!あとで回収する!」
言い捨て、イスファーンは走り出した。今のはなかなか「行儀が悪」かったのではないかと思いながら。

 

ギーヴに追いついた先では女が襲われていた。強引にはだけさせられた女の白い肌は、物盗り目当てなどではないことの証左である。襟首を掴まれ地面に放り出される細い体はまだ娘という年頃に見える。
賊、と呼んで差し支えないだろう。膂力の劣る女性を囲んで襲う正当な理由が見つからない限り。
近場で食事をするだけだと思っていたから、武器は携帯していなかった。雑事に使う万能小刀ならあるが、刃物は殺してしまうおそれがある。捕らえて裁くというのなら殺してはまずいだろう。
「男三人で寄ってたかって」
吐き捨てるように呟くイスファーンに、ギーヴが応える。
「悪人だから、遠慮なく殴れるぞ」
それに下手な笑いを返しつつイスファーンは右足を引いて構えをつくる。
「その女性から手を離せ! 即刻ここから立ち去るなら追わないと約束しよう」
お優しいことだ、といちはやく反応したのは賊たちではなく隣の男だった。
「こういうのは『言った』という事実が大事らしいのでな」
「違いない」
口端だけで笑う男は、特になにも構えない。
こちらを振り返った男たちは気が大きくなっているのか、退却するようすは見当たらない。むしろ邪魔者を排除しようと近づいてくる。
「おや、悪人のうえ醜男とは。救いがない」
わざと聞こえる声で宣うギーヴに、殺気を乗せた視線が刺さる。
男たちの手が離れたのをみて、イスファーンは女性に視線を送るが、腰が抜けてしまっているのか、怯えからか、震える手で肩を抱くばかりでその場から動かない。
男たちを引き剥がす方がよいと判断したか、ギーヴはさらに一歩踏み込んで挑発する。
「おぬしらなんぞ、おれ一人でも事足りるね」
「何をぉっ!」
狙い通りいきりたち、腕を振りかぶりつつ走り寄って来た男たちに向かい、ギーヴも動き出す。
ぶつかるすれすれのところでひらりと体を開いて男たちを避ける。しるると音高く腰帯を解いて外し、着ていた外套を女性の肩に着せかけた。そのまま女性を横抱きに抱き上げ走り出す。
呆気なく標的に抜け出されてしまった男たちは一瞬唖然としていたが、すぐに程近くにいたイスファーンに目をつける。
「おい!ギーヴ!」
驚いているのはイスファーンとて同じだった。それでも咄嗟に、繰り出される拳を弾き、捌き、隙をついて正面の男の顎に掌底を打ちこむ、までを流れるように行ったのは経験によるものだろう。
脳を揺らされふらついているのを見、ひとまずこれでいいかと次の相手へ視線を移す。右から振り下ろされる拳を半歩下がって避けつつ、その腕を捕らえて地面に引き倒したところで何かが視界を横切った。
思わず顔を上げると、まだギリギリ意識を繋いでいた正面の男の顔面に、ギーヴの揃えた両足が叩き込まれ、倒れ込むところだった。そのままギーヴは男を下敷きに着地する。
本当に遠慮がないな、とイスファーンは胸中で笑いながら、引き倒した男の鳩尾に拳をいれている。少し考えて、男の顔も殴ってみた。
「行儀の悪いお手本の真似だ」
鼻血を噴いてのたうち回る男はしかし、聞いていないようだった。
ギーヴが男を無遠慮に踏みつけつつ立ち上がり、残る一人に声を投げかける。どんぐり眼が特徴的な男だった。
「残るはおぬし一人だな」
肩を跳ね上げ、視線が忙しなくギーヴとイスファーンの顔を往復する。二人を相手取っての勝ちは薄いと見たらしく、じり、と踵を引くとすばやく身を翻して脱兎の如く駆け出した。
ギーヴがどこへやったか知らぬが、女性は無事だろうか。そっちはギーヴに任せて店に戻ろうか。思案するイスファーンの頭をギーヴがはたく。
「何突っ立ってるんだ、追うぞ」
「なんだって? 追わないと言ってしまったが」
走り出すギーヴにつられて足をはやめつつ言うと、また良い子ぶって、と顔を顰められる。
「律儀に守る必要もなし、それに『即刻』立ち去らなかったんだから追ったって問題ないだろ」
返事はなく、ただ呆れたようなため息だけが置き去りにされた。

 

「お仲間かな」
路地を抜けようとしたところで、ギーヴは足を止めた。
行く手を阻むように、両手指の数では到底足りない人数が待ち構えていた。おそらくこの界隈で徒党を組んで悪さをしているのだろう。店での客や店主の様子からして、触らぬ神になんとやら、という扱いを受けているのは判ぜられる。末端の一人伸したところで、あとからぞろぞろ引き連れてお礼参りに来られては、たまったものではないだろうから。
それにしても女ひとりに男三人、男ふたりに何十人とはなんと大げさなことだろう。
ギーヴは何とはなしに軍師の言葉を思い出す。
地の利──
このあたりの地理は向こうのほうが詳しいだろう。背後からも足音がして、振り返ればやはり囲まれている。
天の時──
我々の夜目がいくら利くといっても所詮は人の範囲内でしかない。が、それは向こうも同じことであって、特段の不利は無いはずだ。おまけにこちらは、といってもイスファーンは何も知らないが、ギーヴはこうなることを知った上でここにいる。急襲された向こうよりは心に余裕がある。
人の和──
背中に布越しの熱があたる。人数は向こうが明らかに上。だが、そこに何の問題があろうか。こちとら荒事慣れした戦士がふたり。互いの手の内はよく知っている。なにせ刃を向け合って、本気で命を狙われたことがある。
それに、だ。ギーヴは歓迎するように大きく腕を広げた。
「誰からでも、どこからでも、どうぞ?」
人を食った物言いにざわめきが大きくなり、押し合いしつつ悪党たちが駆け寄ってくる。
大人が水平に腕をのばせる幅の路地は少数である我々に味方している。押し潰すようになだれ込めない路地では、せっかくの数の利を活かせない。軍師の言う兵法とやらを真には理解してはいないが、ギーヴは今の状況が劣勢だとは露ほども思わなかった。
「無事で帰れると思うな!」
「土産の一つでも置いてきやがれ!」
「財布なら今ない!」
噛み付くように応えたイスファーンに口角が持ち上がる。
こうなってしまえばもはや戦術だの戦法だのは無意味で、ひたすら急所を殴って相手を動かなくさせる。その繰り返しだ。
しばらくその「作業」をしていると、
「あ、」
背後からすこし焦った響きがしてギーヴは羽交い締めにされた。好機に群がろうとする男たちだが、逆にそれが味方の邪魔をしている。その猶予を逃さず、腕を振り上げて相手の腕から逃れ、前に飛び込むように前転する。
「ひとつ貸し!」
ギーヴが叫ぶと同時に、ギーヴを飛び越えたイスファーンが、類稀な跳躍力でギーヴをとらえていた男の肩に飛び乗る。ちょうど肩車を前後ろ反対にしている格好だ。飛び乗った勢いと背筋の力を利用し、脚で捉えた頭を地面に叩きつける。
「これでチャラ!」
晴ればれとした声にギーヴは思わず声を出して笑っていた。

千切っては投げ千切っては投げ。「作業」を再開してどれほど経っただろうか。気づけば前方は敵の人手がかなり薄くなっている。
戦場に選んだ路地は二人を有利にしていたが、同時に二人の動きを制限してもいた。イスファーンの肩を一度叩いて目線でそちらを示せば、心得たとばかりに顎が引かれる。
二人は体当たりをするように人垣を割って路地から広い通りへ転がり出た。
「いいものがあるじゃないか」
移動した先でギーヴが見つけたのは背丈より長い角材だった。
勢いをつけてその端を踏み込むと、角材が大きく円を描いて飛び上がる。直感するものがあり、手は出さずに自身もその場で高く跳び上がる。
その下を、ほとんど膝の高さまで身をかがめたイスファーンが風のように駆け抜けた。角材を掴み、刈り取るように横薙ぎに一閃する。
穂先も何もないただの角材でも、肉の薄い部分を殴りつけられれば痛い。酷い色のあざが居座るだろうな、と着地しつつギーヴは苦笑する。
向こう脛を強かに打たれた男たちは丸くなり膝を抱えるようにして悶絶している。
ばき、という音のした方へ顔をやると、振り抜いた角材の端が塀に当たって折れていた。先端が乱杭歯のようになっている。手を添えたイスファーンが検分するように眺め回した。
「ちょうどいい長さだ。攻撃力も上がったな」
「ん」
「なんだその手は」
「おれが使うから渡せ」
「いやだね」
べっと舌を出すイスファーン。
「おいふざけてんじゃねぇぞ!」
軽口の応酬に痺れを切らした男が、棍棒を持ってギーヴに殴りかかる。
仕方ないと言いたげな顔をして、イスファーンはひょいっと角材を投げ渡し、自身は抜き取った帯飾りを拳に巻きつけて応戦しはじめる。
まったく、それこそどこで身につけた芸当なのだか、とギーヴは舌を巻く思いだった。およそ騎士・戦士のそれではない、野生的で直感的な攻防は乱戦のさなかでもかなり目を惹く。
顎から頭頂まで貫くような上段蹴り、その勢いのままとびあがり、空中で膝を抱えて一回転。胴狙いの一閃に空を切らせてやわらかく着地し、深く沈み込んだ姿勢から間髪なく繰り出される足払い。体勢を崩した男の急所に拳を入れ気絶させる。流れるような動作はいっそ小気味よい。
そうこうしているうちに、まだ立っているのは両手の数より少なくなっていた。
正面から振り下ろされる鉄棒を僅かに体を開いて避け、肘と脇腹に角材で一発ずつ。反対の先端で背後の男の鳩尾に鋭く突き込む。身を屈めて横殴りの拳をやり過ごす。拳の持ち主にイスファーンの掌底が入るのを横目に見つつ、彼の背後にいた男に角材を投げつけた。これで残るは五人か。
拾いに行くのはちと分が悪い。
互いに仕掛ける機会をうかがって、場が静かになる。
うめき声、咳き込む音。そしてそれらに混じって金属を引き摺る高い音が聞こえてきた。
じゃり……じゃりり……とゆっくり音が近づいてくる。新手らしい。イスファーンと目配せする。
ぬぅ、と闇の狭間から姿を現したのは身の丈二ガズ近い大男だった。岩のような手に握るのは太い鉄鎖。その先端には複雑に模様の彫られた分銅がついている。反対の先端は何度か巻いて肩にかけているらしい。男は引き摺っていた鎖を手繰り寄せ、分銅が地面から浮くところまで短く持つと勢いをつけて縦に回転させた。風を切る分銅がぶんぶんと音を立てている。
「やっちまえ!」
新たな味方の登場に沸き立つ男たち。既に自分達で伸してやろうという気概はなくなっているらしい。それはそれで手間が省けていいか。一応、イスファーンにそちらを任せてギーヴは大男に相対する。
ナバタイ国には鉄鎖術なるものがあると聞く。パルスではトゥースが随一の、そして唯一の遣い手かもしれない。慣れた刀槍相手より余程やりにくい相手だった。強大な膂力で振るわれる鉄鎖は容易く肉を裂き、骨を砕くだろう。
当たれば、の話であるが。
「またでかいのがいたもんだな」
その声を合図にしたように、大男が強く踏み込む。勢いよく飛び出した分銅がギーヴの頭蓋を砕かんと肉薄する。
曲線と直線を織り交ぜた動きは予測がしにくい。さらに鉄鎖そのものの色が闇に紛れて見えにくい。大男の肩や腰の予備動作から次の動きを予測するほかなかった。
土塊を飛ばして分銅が足元に突き刺さる。その隙に距離を詰めて腹に回し蹴りを叩き込んでみるが、巌のような筋肉に阻まれて大した痛手には至らない。これ以上深追いすべきでないと判断したギーヴは後ろに下がって距離を取る。間一髪、引き戻された分銅がギーヴの側頭部をわずかに掠めて大男の手に収まった。
中距離の間合いの鉄鎖と素手では圧倒的に後者が不利だった。近づかねば当たらないのにそれが許されない。ギーヴはひたすらに攻撃を避け続けることになり、その結果、とうとうあと数歩で壁、というところまで来てしまった。
立ち止まったギーヴに向かって、ゆっくりと大男が近づいてくる。ギーヴは目を見開いて見ている。踏み込み、腰の捻り──来る!
真っ直ぐ向かってきた分銅を、体を反転させてかわす。分銅が体の真横を通り、土壁に音を立てて穴を開けた。左足で一歩踏み込む。振り上げた右足が壁を捉える。両腕で勢いをつけ、身を反らす。壁を蹴って宙に身を躍らせ、着地したのは大男の背後。
「おお〜……」
気の抜けた声はイスファーンのものだ。
「力比べするつもりなんざ、はなから無いんでね!」
大男が振り返るより早くその膝裏に爪先を蹴り込み、前に折れるように体勢を崩したところを、突き込んだ膝裏を踏み台に跳ぶ。分厚い肩に着地し、両手で頭を挟み込んで勢いよく捻ると、ゴグリという嫌な響きが手のひらから伝わった。どこへ倒れるか迷うように揺れる背中を蹴って、ギーヴが跳ぶ。ズン……と僅かな地響きがして、あたりが耳の痛いほど静まり返る。
「それで?」
声は思いがけないほど大きく響いた。
イスファーンが無言で肩をすくめた。
硬直していた男たちが我先にと踵を返して駆け出す。
「おっと、お前さんには残ってもらうよ」
ギーヴが声をかけたのは女を襲っていたどんぐり眼の男だ。逃げ出そうとした男の足を、イスファーンが蹴飛ばした角材でひっかけて転ばせる。ギーヴは身をかがめて角材を拾い上げると、男の悲痛なうめき声を無視して肩を踏みつけ、喉仏に角材の先端を突きつけた。
「王の目は遍く見透す。お忘れなきよう」
その顔はにこやかだが、細められた目の剣呑さは隠せていない。おびえる男を安心させようとしてか、イスファーンが行儀悪く傍にしゃがみ込む。
「心配するな。陛下はこいつみたいな悪党にもお優しいからな」
一言余計だ、とギーヴが呟いた。

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